大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和40年(ワ)9387号 判決

原告

福田隆宜

代理人

太田常雄

ほか二名

被告

株式会社城建設

代理人

乙黒伸雄

ほか一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し金一九六万七、一三〇円およびこれに対する昭和四二年一月三一日より完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。との判決ならびに仮執行の宣言を求め、

請求の原因として、

一、原告は、東京都渋谷区神宮前五丁目三四番五宅地四五坪(別紙第一図面青斜線部分)をその所有者であつた訴外鶴田宏から賃借し、同地上に家屋番号同町三四番五の三鉄骨ブロック造陸屋根平家建居宅一棟建坪一二坪と木造瓦畳平家建居宅一棟九坪(以下、右両建物を「原告建物」という。)を所有し、昭和二三年頃からこれに居住していた。

二、右宅地の東側に隣接する同所同番一二宅地四六坪一合八勺(別紙第一図面赤斜線部分)は訴外須磨礼子の所有であるが、右訴外人は昭和三八年二月頃、被告に対し、右宅地上に鉄筋コンクリート造陸屋根五階建共同住宅、一階が78.50平方米、二階ないし四階がいずれも84.50平方米、五階八平方米の建物(以下「本件建物」という。)の建築工事を、その設計をも含めて請負わせた。

三、そこで、被告は、本件建物の建築設計ならびに建築確認申請の手続を訴外福井建築設計事務所こと福井市之助に依頼し、右訴外人は、本件建物の設計書を作成のうえ、東京都渋谷区役所に対し、昭和三八年二月二一日、その確認申請をしたところ、これより先に建設大臣が建築基準法第五九条に基づき、前記両宅地の所在する東京都渋谷区神宮前五丁目一帯の地域を第二種高度制限地域と指定したことにより、建物の高さの最高限度は一〇米と定められていた(昭和三八年一月一八日建設省告示第四七号同年二月七日施行)ので、渋谷区役所では、右設計にかかる建物の高度が別紙第二図面記載のとおり13.85米あつて、右告示に定める最高限度を超過していることを理由に、右訴外人に対し設計の変更を命じた。

そこで、同訴外人は、建物の高さが一〇米を超えないように設計を変更したうえで、再び渋谷区役所に対し建築確認の申請をし、右申請は、同年五月二二日建筑主事の確認を受けた。

四、ところが、被告は最初に提出した原設計書により建築の確認があるものと予想し、建築主事の前記確認を受ける以前において、既に原設計書に従つて本件建物の建築工事を開始し、その命令に基づいて変更した設計書による確認を受けた後においても、それを変更せず、引続き原設計書とおりに建築工事を進め、同年一〇月末頃高度13.85米の本件建物を完成したうえその頃これを注文者たる訴外須磨礼子に引渡した。

五、右のとおり、本件建物は、高度制限に違反した建物であるが、これは、被告が本来建築基準法の定めに従い建築の確認を受けた後でなければ申請にかかる建物の建築工事に着手できないのにかかわらず、軽率にも確認を受け得ることを予想して無確認のまま建築に着手し、しかも、原設計書による建物が高度制限に違反することを知つてからも何らの善後策をも講することなく原設計書に従つて工事を続行した結果であるから、建築基準法ならびに前記建設省告示第四七号に違反する本件建物を完成せしめた被告の建築工事は違法なものというべきである。

六、本件建物の敷地は、原告建物の敷地のほぼ南東側に隣接しているのであるが、同地上には従来日照を遮ぎるような工作物は存在しなかつたので、本件建物が建つまでは原告は一日中充分な日照を享受して快適な日常生活を送つていた。ところが、本件建物の完成後は、原告建物に午前中は全く日光がささなくなり、また午後もほとんど日照が遮ぎられることとなつた。このため、原告は、健康な生活を享受するに必要な生活利益である日照を著しく害され、左の損害を蒙つた。

(一)  物的損害

(1)  従来原告建物は、真南から日光を受けていたので、一二月下旬から三月上旬までの間、小型石炭ストーブを使用して十分に暖房の役を果し、かつ年間の暖房燃料費は金一万二、〇〇〇円を超えることはなかつたが、違反建築である本件建物が完成した後は、従来の石炭ストーブでは間に合わず、日照の減少を補うため暖房器具としてユンケル社製五、〇〇〇キロカロリーの石油ストーブを金五万五、〇〇〇円で購入せざるを得なくなつたうえ、年間金三万二、〇〇〇円の暖房燃料代を要することになつた。従つて、原告は右石油ストーブ購入代金である金五万五、〇〇〇円と、本件建物建築後の昭和三八年一二月一五日から同三九年三月二五日まで、および同年一二月一五日から同四〇年三月二五日までの計二〇〇日間に合計金六万四、〇〇〇円の暖房燃料費を支出したので、これから従来の二年分の暖房燃料費金二万四、〇〇〇円を控除した金四万円の損害を蒙つた。

(2)  本件建物建築により日照時間が著しく減少したため、原告が賃借していた前記四五坪の宅地の賃借権価格が低落した。すなわち、従前右土地の更地価格は坪当り金三三万円であつたが、右建築後は日当りの悪い土地と化したので、坪当り金二五万円に値下りし、その差額たる金八万円に四五坪を乗じた金額の七割(借地権価格は更地価格の七割とみるのが相当である。)に相当する金二五二万円が賃借権価格の値下りによつて原告の蒙つた損害というべきであるが、仮に被告が高度制限内の建物の建築工事をしたとしても、やはり、原告の賃借権価格は金一六二万円程度の低落を免れなかつたであろうと推認されるので、前記金二五二万円から右金一六二万円を控除した金九〇万円の損害を蒙つたことになる。

(3)  更に原告は、本件建物により日照が遮ぎられ、健康な生活を維持することが不可能となつたので、転居のやむなきに至り、肩書住所地に引越した。右転居に際し、原告は、その賃借していた前記四五坪の土地をその所有者であつた訴外鶴田宏から金二四三万円で買受け、これを地上の原告建物と共に訴外松本仁介に対し金一、三九五万円で売渡し、その旨、所有権移転登記手続を完了した。

ところで、右土地建物は、被告の違法な建築工事の結果である本件建物がなかつたのならば、金一、四四〇万円で売却しえたであろうと考えられるので、右金一、四四〇万円から前記一、三九五万円を控除した金四五万円の損害を蒙つた。

(4)  右転居に際し、原告の蒙つた特別な損害は次のとおりである。

(イ) プレハブ解体運搬組立費、金五万円。これは、原告建物の日照時間が著しく減少したため、その屋上に日光浴用にプレハブ用材の建物を増築したが、引越のためこれを解体し転居先へ運搬のうえ組立てた費用である。

(ロ) 不動産業者へ支払つた手数料、金四七万八、五〇〇円。これは、前記のとおり、訴外松本仁介に土地建物に売却するに際し、斡旋をした不動産業者に支払つた手数料である。

(ハ) 引越費用、その他雑費、金八万八、六三〇円。これは転居のための運搬費として訴外日本通運に支払つた金八万一、〇七〇円と、これに附随した雑費金七、五六〇円の合計である。

(ニ) 転居のための連絡費、金五、〇〇〇円、これは、主にタクシー代、および電話代であつて、それらの合計である。

(二)  精神的損害

原告の長男忠義は、昭和三七年九月頃から気管支ぜんそくを患い自宅で療養していたのであるが、気管支ぜんそくの治療には日光浴が必要であるところ、被告の不法建築工事による本件建物の完成後は、原告建物に日光がささなくなつたので、やむなく屋上に日光を求めざるをえなくなつた。そこで梯子を使い無理な昇降を続けたために病状が悪化し、昭和四〇年五月四日急性心衰弱で死亡したが、これにより原告は大きな精神的打撃を受けた。

また、原告は、原告建物を二階建とすべく既に設計を完了していたが、本件建物が完成した後は、二階建に増築しても日光が遮断されて日照を享受することができなくなつたので、右計画を断念せざるを得なくなつたし、原告自身日光が遮ぎられたことによつて健康な生活を永久に阻害されるに至つたので、原告は著しい精神的苦痛を蒙つたのみならず、被告は建築工事に着手する前に近所に何らの挨拶もしないで、昭和三八年二月末頃から同年三月末頃までの間徹夜作業によるパイル打作業を強行し、その騒音、震動のため原告等は安眠が妨げられ、そのうえ被告の施工方法がずさんなために大量のコンクリート、砂等が原告建物の屋根等に落下し、原告方の家族の生命身体に危険を感せしめ、落下したコンクリート砂等の除却のために原告は相当の労力を費したし、被告は、附近を通る高圧線についても注意を払わなかつたので、風の強い夜、被告の構築した足場板が高圧線に触れ火災を起したこともある。その時は幸い近所の人が早期に発見したので大事に至らなかつたものの、一番近くに居住していた原告は火焔のため不安におののくといつた事実もあり、これらの諸事情を総合すると被告の違法建築によつて原告の蒙つた精神的苦痛に対する慰藉料としては金八〇万円が相当である。

七、よつて、原告は、被告に対し右不法行為に基づく損害賠償として、右損害金の合計金一九六万七、一三〇円とこれに対する原告提出にかかる昭和四二年一月二六日付準備書面を陳述した日の翌日である同年一月三一日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

八、なお前述のとおり被告の工事施行方法は乱暴で近隣の人々、特に隣地に居住する原告に対し多大の迷惑を蒙らせているが、原告は本件においてはこれらの点は不間に付し、もつぱら被告が一〇米の高度制限に違反した本件建物を建築し、原告の日照権を侵害した行為だけを不法行為として主張する。従つて、原告は本件建物が、法定の高度制限の範囲内で建てられた場合には不法行為の成立を主張しないし、また、本件建物のうちでも、制限高度を超過する部分のみを不法行為であると主張するものである。

と述べ、

証拠〈省略〉

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、

請求の原因に対する答弁として、

一、同第一項および同第二項の事実は認める。

二、同第三項の事実中、被告が訴外須磨礼子から請負つた本件建物建築工事の設計とその建築確認申請の手続を訴外福井建築設計事務所こと福井市之助に依頼し、右訴外人が本件建物の設計書を作成のうえ昭和三八年二月二一日東京都渋谷区役所に対し確認申請の手続をしたこと、および、東京都渋谷区神宮前五丁目三四番地一帯の地域が原告主張のとおりの高度制限地域であり、建物の高さの最高限度が一〇米と定められていることは認めるが、その余の事実は否認する。

三、同第四項以下の事実はすべて否認する。

と述べ、〈証拠省略〉。

理由

一原告が東京都渋谷区神宮前五丁目三四番五宅地四五坪(別紙第一図面青斜線部分)を賃借し、同地上に原告建物を所有して昭和二三年頃からこれに居住していたこと、訴外須磨礼子が右宅地の東側に隣接する同町同番一二宅地四六坪一合八勺(別紙第一図面赤斜線部分)を所有し、昭和三八年二月頃被告に対し同地上に本件建物を建築する工事を、その設計をも含めて請負わせたので、被告は、その設計ならびに建築確認申請手続を訴外福井建築設計事務所こと福井市之助に依頼し、右訴外人は設計書を作成のうえ、東京都渋谷区役所に対し昭和三八年二月二一日建築確認申請をしたこと、および右両宅地の所在する東京都渋谷区神宮前五丁目一帯の地域は、建設大臣により建築基準法第五九条に基づき第二種高度制限地域と指定され、建物の高さの最高限度が一〇米と定められた(昭和三八年二月一八日建設省告示第四七号、同年二月七日施行)ことは、当事者間に争いがない。

二右当事者間に争いない事実に、〈証拠〉を綜合すると次の事実が認められる。

(一)  訴外須磨礼子は、昭和三八年二月頃不動産業者の仲介で原告の借地に隣接する前記四六坪一合八勺の宅地がいわゆるマンションを建築するのには好適の場所と考えて、その地上の木造平家建築物とともにこれを買受け、直ちに被告に対し右宅地上に金二、〇〇〇万円から金二、六〇〇万円程度の費用でマンションを建築するようその設計をも含めて請負わせた。

(二)  そこで、被告は右建築に着手すべく、自らその基本的な概略の設計をしたうえ、詳細な設計書の作成ならびに建築確認申請の手続を訴外福井建築設計事務所こと福井市之助に依頼し、右訴外人が被告の作成した基本設計を基礎に詳細な設計書を作成のうえ、これを添えて昭和三八年二月二一日東京都渋谷区役所に対し、建築確認申請の手続をとつた。ところが、右宅地一帯については、先に建設大臣により第二種高度地域とする指定があり、建物の高さの限度は一〇米と定められていたのであるが、その旨の建設省告示が昭和三八年一月一八日になされ、同年二月七日から施行されたばかりで、右告示があつてから未だ日が浅かつたために被告および設計者の訴外福井市之助は、前記の宅地一帯が一〇米の高度制限地域とされたことを知らずに建築設計をしたので、建築確認申請書に添附した設計書による建物は、右高度制限に違反しこれを超過するものであつた。そこで、渋谷区役所では、確認申請にかかる建物が高度制限に触れることを理由に右訴外人に対し設計の変更を命じたので、同訴外人は、先に設計した建物の一階部分の約二米程度を地下に設けるようにして建物の高さが一〇米となるようにするため確認申請書に添附した設計書の一部である矩計図(甲第五号証の八)のみを変更し、他の設計書は従前のままでこれを渋谷区役所に提出したところ、建築主事は、昭和三八年五月二二日これを適法と認め、前記同年二月二一日付の申請書を確認した。

(三)  他方被告は、右の確認を受ける以前である同年二月二五日頃から変更前の原設計書に基づいて建築工事に着手したが、前記のとおりその後所轄官庁から設計変更を命ぜられ、設計者であり、かつ、申請代理人たる訴外福井市之助からその旨の連絡を受けたにもかかわらず、注文者たる訴外須磨礼子に対して何らの連絡もなさず、全くの一存でそのまま原設計図によつて建築工事を続行し、同年一〇月末日に本件建物を完成せしめたうえ、これをその頃注文者たる訴外須磨礼子に引渡した。

(四)  被告の建築した本件建物は、南北両面が七米、東西両面が一〇米の長方形の鉄筋コンクリート造の建物で、地上から屋上床までの高さが約一一米六〇糎、屋上の南西角にある階段室(南面が三米、奥行四米)頂上までの地上からの高さが約一四米(屋上床から階段室上までの高さ約二米四〇糎)あり、右階段室部分を除いた屋上周囲には高さ約九〇糎の囲障が設置され(本件建物の側面は、別紙第二図面と同一の型態をなしている)、その高さは、一〇米の高度制限を超過している。

(五)  原告は、昭和二三年頃から、原告建物に居住して来たが、本件建物が建てられるまでは、その敷地には木造平家建の建物があつただけなので、一日中充分な日照を享受しえたが、本件建物が建築された後は、原告建物と本件建物との間隔が約二米六〇糎しかなく、本件建物の西側にこれと平行して原告建物が存在し、しかも本件建物に面した東側に、居間、三畳間および六畳寝室と順次並んで各部屋があり、それぞれ本件建物に面した側に窓が設けられているために、季節により多少の差はあつても、午前中は完全に、また午後は、約一時間程全く日がささなくなつた。

(六)  原告は、本件建物の建築工事中から、その施工方法等につき被告に対し苦情を申し入れたが、被告が善処しなかつたので、本件建物が完成した後である昭和四〇年六月頃、渋谷区役所に対し、本件建物が高度制限に違反する事実を訴えたところ、同区役所では、実情を調査したうえ、本件建物が高度制限に違反することを確認したので、関係者に対し是正するよう行政指導を行なつたが、その頃には既に本件建物には居住者が居り、建物の違反部分の除去は困難であるため、結局関係者が話し合つた結果、屋上の囲障が日光の通さないパラペットであつたのを、被告においてこの部分を除去し、これを鉄格子の囲障に替えて幾分でも原告方への日照を多くすることで区役所との関係では結着した。

(七)  けれども原告は、右措置のみでは満足せず、本件建物の所有者である訴外須磨礼子を相手どり、その頃渋谷簡易裁判所に対し損害賠償等の調停を申立て、同年九月二二日右須磨礼子は、本件物建築に関し、隣地居住者たる原告に対し精神的に多大な迷惑をかけたことを考慮し、見舞金として原告に金一〇万円を支払うことを主な内容とする調停が成立し、その頃右訴外人は右金一〇万円を原告に対し支払つた。

以上の事実が認定でき、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定の事実によれば、原告は、被告の実施した建築工事により完成した本件建物によつて、以前享受していた日照を妨げられる結果となつたことは明らかである。

三そこで、以上の確認事実に基づき被告の本件建物の建築行為が原告の日照を享受する利益の侵害として不法行為責任を構成するに足りる違法性を有するか否かについて検討する。

(二)  まず、一般にわれわれは、公共の福祉に反しない限り、健康で文化的な生活を営む権利を保障されているが、このような生活を営むについて、日光は欠くことのできない大切な自然的資源であるから、誰でも日照を享受する権利を有し、これが他人によつてみだりに妨げられないことを保障されているものというべきであり、従つて、これを不法に侵害する者があるときは、生活権の侵害として、一般不法行為の法理に従い、その救済を求めることができるといわなければならない。

次に、世上日照遮蔽による生活権侵害の問題は、相隣地の一方の所有者の所有権行使が、他の所有者ないしは土地利用者の日照を妨害する結果を生ぜしめた場合に起るのが通常の事例である。そしてこのような場合には、その侵害行為といわれるものは、一応所有権行使という形で現われるのであるから、それが他方の権利の侵害行為として違法であるというがためには、諸般の事情を慎重に調査し、その行為が権利行使として果して社会生活上妥当なものであるかどうか、また、社会的な視点に立つて隣地所有者(あるいは利用者)は、その行為による日照等の侵害を受忍する義務があるか否かといつた諸点を特に詳細に検討しなければならぬことはいうまでもないところである。

ところが、本件の場合は前判示のとおり一般の事例とはやや趣を異にしている。すなわち、本件の加害者とされている被告は、土地の所有者ないし利用者そのものではなく、土地所有者の依頼を受けて建物を建築した請負人にすぎないのである。他人をして工作物を設置させ、その結果完成した工作物により違法に第三者の日照享受の利益を妨害するに至らしめた注文者(土地所有者)は、その第三者に対し不法行為責任を負担しなければならないことは明白であるが、さりとて、注文者が不法行為責任を負うからといつて直ちに請負人もまた有責であると即断するのは早計である。けだし工事を施工した請負人が他人の権利侵害について注文者と共同の意思を有している場合は格別、そうでない場合においては、請負人は独立の行為者としてそれ自体の責任は、また別途に考慮されなければならないからである。

ところで、いわゆる日照の妨害は、妨害者の所有(または利用権)に属する土地の上部空間を横切つて自然に隣地にそそがれていた日光が妨害者の土地利用の結果さえぎられるにすぎないという消極的侵害の態様を有し、土地利用に供せられた地上物自体の存在による妨害であるから、相隣関係法の法理による相隣者間の土地利用調整という視点でこれをとらえるならば、被害者に対する責任主体は、その地上物の所有者のみであつて、右地上物を完成せしめたにすぎない請負人は、責任主体たりえないと解する余地もあろうが、不法行為法の法理に従う限り、請負人であつても日照侵害の不法行為の責任主体となりえないと解すべき理由は全くない。しかしながら、日照の妨害は、請負人が工事に関連して近隣者に騒音、振動等を及ぼし、よつて近隣者の生活利益を害する、いわゆる積極的侵害には違い、前述のとおり消極的な性格を有し、しかも、地上物の完成後、その引渡が終了した以後の日照妨害は、請負人自身がその地上物を所有占有していないという点で、間接的であり、更に請負人は、注文者との契約上の義務履行として地上物を完成するのであるから、請負人の近隣者への日照妨害による不法行為の成否を判断するに当つては、右のような特異性、なかんずく、注文者との法的ならびに事実的な関係を勘案し、慎重にその違法性を判断しなければならないものである。

(二) 以上の諸点を考慮したうえで、被告の本件建物の建築行為が不法行為を構成するかどうかを検討する。

まず、被告は、建築確認申請に対する建築主事の確認を受ける前に既に本件建物の建築工事に着手し、もつて建築基準法第六条第一項に違反し、その完成せしめた本件建物は、同法第五九条に基づく建設省告示(昭和三八年同省告示第四七号)による高度制限に違反するものであり、しかも被告は、右高度違反の事実を当初は知らなかつたが、工事中途において所轄官庁からの設計変更の指示によつて十分認識したにもかかわらず、変更命令の対象となつた原設計書に基づいて建築工事を続行し本件建物を完成せしめたものであることは、前認定のとおりである。

ところで、建築基準法は、建築物の敷地、構造、設備および用途に関する最低の基準を定めて、国民の生命、健康および財産の保護を図り、もつて、公共の福祉の増進に資することを目的として定められた、いわゆる行政上の取締法規で、一般私法とはその目的を異にするものであるから、同法に違反しない、いわゆる合法建築であつても、不法行為が成立する場合がありうる反面、たとえ同法に違反するいわゆる違法建築の場合であつてもただそれだけでは直に不法行為が成立するということはできない。これを本件についてみるに、本件における建物の高度制限に関する前記建設省告示は、建築基準法に基づくもので行政目的の取締法規にすぎないことは、その規定の性質上明らかであるから、被告が右告示に違反して本件建物を完成せしめた事実があるからといつて直ちに不法行為責任を認むべき違法性があると即断することはできないが、右告示が本件建物の所在する地域一帯の建築物の最高高度を一〇米と定めた理由のうちには、都市の発展に伴う建物の立体化現象は、ある程度やむをえないとしても、その附近に従来から存在し、あるいは今後も存続するであろう低層住宅の良好な生活環境の保全という公共的な見地からする規制の趣旨も含まれているものと解せられるから、不法行為の成否を判断するにあたつてはこの点も十分にしんしやくされなければならない重要な点というべきである。しかしながら、前記建設省告示が本来の行政上の目的のほかに、右のような趣旨をも包含しているということは、その反面において、右制限内の高度の建築物であるならば、その限りにおいては、都市発展の動向に即応したものとして、加害の目的等の特別の事情がない限り隣地居住者の日照に多少の影響を及ぼすことがあつても、社会生活上やむを得ないものとみて許容しているものといわなければならない。また、本件のように被告が請負人である場合には、請負契約上の義務履行として合法な建築をなせば、合法であるが故に建築行為の違法性を減ずる一要因となると解すべきである。従つて、本件建物の所在する地域一帯は、高度が一〇米までの建築は許容される地域であることを前提として被告の行為の違法性を吟味するのが相当と解せられる(原告も本件建物が高度一〇米を超えていなければ、被告の不法行為責任を追求せず、その一〇米を超える部分を建築したことが被告の不法行為である旨主張している。)。しかして、本件建物の建築によつて、原告建物が季節により多少の差はあつても午前中は全く、午後も一時間程度日照が遮断される結果となつたことは前認定のとおりであるが、原告本人尋問の結果によると、仮に本件建物が高度制限内の一〇米の高さのものであつたとしても、やはり午前中はほとんど日がささない結果となることが認められるから、本件建物の違反部分による日照享受の侵害は、一日のうちわずか一時間程度にすぎないものと推認できる。

如上説示のとおりとすれば、被告の本件建物建築行為は、取締法規に違反する意味で違法なものといわざるをえないが、それは、注文者たる訴外須磨礼子との請負契約に基づく履行々為としてなされたもので、特に積極的に原告の日照を侵害する目的をもつてなされたものとは認め難いことや、本件建物の所在地が東京都の都心部に近い場所にあつて、都市生活の発展、再開発に伴う建物の立体化高層化が避けられない地域に属すること等も考慮しながら、限られた土地の高度利用という社会公共的視点に立つて判断すると、かかる地域に居住する者にとつて、右程度の日照享受利益の侵害は、社会生活上やむをえないものとして受忍すべき範囲を未だ超えていないとみるのが相当であつて、原告の主張するとおり、唯単に高度制限に違反したということだけではなお被告の不法行為責任を認めるに足りない。

なお、一件記録に徴すると、被告が本件建物を建築した際における施工方法等において原告はじめ近隣の人々に多大の迷惑を及ぼしたことが窺知できないではないけれども、原告は本訴請求原因として、もつぱら被告が高度制限に反することを知りながら一〇米を超える建物を建築した、いわゆる違反建築行為だけを主張しているのであるから、右施工方法の当不当に関する判断をする余地はない。

四そうだとすると、原告の本訴請求は、その他の点を判断するまでもなく既に以上の点において失当というべきであるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九八条を適用して注文のとおり判決する。(下関忠義 黒用節哉 大沢巌)

別紙図面〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例